法典ヶ原

 武蔵が、その不審を糺(ただ)すと、伊織は事もなげに、
「おらの巾着(きんちゃく)を預けて、徳願寺様から借りて来た」
 と、いう。
「徳願寺とは?」
 と聞くと、この法典ヶ原から一里余り先の寺で、いつも彼の亡父(ちち)が、
(おれの亡(な)き後、独りで困った時は、この巾着の中にある砂金を少しずつ費(つか)え)
 といわれていたのを思い出し、常に、肌身に持っていたその巾着を預けて、寺の庫裡(くり)から借りて来たのだ――と、伊織はしたり顔に答える。
「では遺物(かたみ)ではないか」
 と武蔵がいうと、
「そうだ、古い家は焼いちゃったから、お父(とっ)さんの遺物は、あれと、この刀しかない」
 と、腰の野差刀(のざし)を撫でる。
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